「宮川賢のバツラジ」TBSラジオ月曜〜木曜24時〜
作家せのちん>トラだ!おまえはとらになるんだ!
鬼塚喜八郎さんがなくなったのだ。といってもだれ?とおもうかもしれないが、鬼塚さんはスポーツシューズメーカーのアシックスの創業者なのだ。
89才心不全だった。
しかし、こっちの名前のほうが懐かしいかもしれない。
鬼塚タイガー!
鬼塚さんは戦後、はだしで走り回るこどもたちをみて、安全に走り回れる靴を作ることを決心する。1949年鬼塚タイガー株式会社をつくり、バスケットシューズの製作に取り掛かる。
バスケットシューズを選んだのは、最も開発が難しく、どのメーカーも開発していなかったからだ。
そして、鬼塚さんは地元の神戸高校バスケ部に作ったシューズをもっていったのだ。
しかし、そこで「こんないい加減なシューズをつくりやがって、お前バスケしらんだろ!」といわれてしまうのだ。
それから鬼塚さんは、神戸高校のバスケ部の練習につきっきりで選手をもうれつに観察した。
そこで発見した!
選手が欲しがっていたのはぴたりととまれる靴だったのだ。
それから、どうやったらピタッととまれる靴ができるのか・・・
ソウルの工夫をつづける鬼塚。
そんな時、酢の物に入っていたたこの吸盤に目が止まる。
これだ!吸盤のように吸い付いてとまる靴。
こうして、靴の裏に吸盤のついた靴が完成する。
これを履いた神戸高校バスケ部は連戦連勝、「あいつらなんて靴をはいているんだ!とんでもないバッシュをはいているぞ」と一躍注目される。
神戸高校は全国制覇を達成する。
この靴のウラにはトラのマークがはいっていたことから、鬼塚タイガーと呼ばれるようになる。
それから、さまざまなスポーツに対応していく。
鬼塚タイガーが世界で有名になるのには、一人の人間が関係している。
フィルナイトだ。
かれは、鬼塚タイガーを一目見てそのすばらしさと、安さに感動し、これをアメリカで売らせてくれとたのむ。
そして、フィルナイトがアメリカに帰って作った、鬼塚タイガーを輸入販売する会社をビルバウワーマンと作った会社がブルーリボンスポーツを作る。
この会社こそ、後にナイキとなる会社なのだ。
NIKEは元々鬼塚タイガーの販売店だったのだ。
ナイキと鬼塚は共同で開発し、鬼塚コルテッツをつくる。これはアメリカにジョギングブームを作り出す。
そして、街中でスポーツシューズを当たり前にはいてあるく、今の文化をつくったのだ。
ところが、ナイキは別の日本のメーカーと組むことになる。
そして、鬼塚の方は、ナイキが権利を持っていたデザインや商品名をつかいつづけ裁判をされそうになり、一億円以上の和解金を払わせられる。
その後、1977年にアシックスと社名を変え、鬼塚の名はいったん消えるのだ。
しかし、ヨーロッパのコアのファンの中では忘れられることはなかった。
2002年ヨーロッパでメキシコオリンピックモデルが復刻する。
そして、鬼塚タイガーは俄然注目のブランドになったのだ。
さらに、2003年、クエンティンタランティーノのキルビルで、主人公のユナサーマンがはいていた、黄色いスニーカー。
これが、実は鬼塚タイガー。しかもちょっと特殊な、太極拳専用の鬼塚タイガータイイチという名のシューズ。
このキルビル人気で、鬼塚人気は不動のものとなる。
今では都内で十数点のショップができている。
>>しらなかったわー。かっこいい話しですねー
>>だいたい、アメリカ人ってのはこうやって財をきづいてるんですよねー。ビルゲイツもマックパクッておいて、自分を真似するやつはみんな訴えるんだから、ほんとキライだわー。
逆に言えば、お金もうけたければこの方法が一番ってことですかね。
クリエイトするのなんか前時代的なんですかねー
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作家せのちん>トラだ!おまえはとらになるんだ!
鬼塚喜八郎さんがなくなったのだ。といってもだれ?とおもうかもしれないが、鬼塚さんはスポーツシューズメーカーのアシックスの創業者なのだ。
89才心不全だった。
しかし、こっちの名前のほうが懐かしいかもしれない。
鬼塚タイガー!
鬼塚さんは戦後、はだしで走り回るこどもたちをみて、安全に走り回れる靴を作ることを決心する。1949年鬼塚タイガー株式会社をつくり、バスケットシューズの製作に取り掛かる。
バスケットシューズを選んだのは、最も開発が難しく、どのメーカーも開発していなかったからだ。
そして、鬼塚さんは地元の神戸高校バスケ部に作ったシューズをもっていったのだ。
しかし、そこで「こんないい加減なシューズをつくりやがって、お前バスケしらんだろ!」といわれてしまうのだ。
それから鬼塚さんは、神戸高校のバスケ部の練習につきっきりで選手をもうれつに観察した。
そこで発見した!
選手が欲しがっていたのはぴたりととまれる靴だったのだ。
それから、どうやったらピタッととまれる靴ができるのか・・・
ソウルの工夫をつづける鬼塚。
そんな時、酢の物に入っていたたこの吸盤に目が止まる。
これだ!吸盤のように吸い付いてとまる靴。
こうして、靴の裏に吸盤のついた靴が完成する。
これを履いた神戸高校バスケ部は連戦連勝、「あいつらなんて靴をはいているんだ!とんでもないバッシュをはいているぞ」と一躍注目される。
神戸高校は全国制覇を達成する。
この靴のウラにはトラのマークがはいっていたことから、鬼塚タイガーと呼ばれるようになる。
それから、さまざまなスポーツに対応していく。
鬼塚タイガーが世界で有名になるのには、一人の人間が関係している。
フィルナイトだ。
かれは、鬼塚タイガーを一目見てそのすばらしさと、安さに感動し、これをアメリカで売らせてくれとたのむ。
そして、フィルナイトがアメリカに帰って作った、鬼塚タイガーを輸入販売する会社をビルバウワーマンと作った会社がブルーリボンスポーツを作る。
この会社こそ、後にナイキとなる会社なのだ。
NIKEは元々鬼塚タイガーの販売店だったのだ。
ナイキと鬼塚は共同で開発し、鬼塚コルテッツをつくる。これはアメリカにジョギングブームを作り出す。
そして、街中でスポーツシューズを当たり前にはいてあるく、今の文化をつくったのだ。
ところが、ナイキは別の日本のメーカーと組むことになる。
そして、鬼塚の方は、ナイキが権利を持っていたデザインや商品名をつかいつづけ裁判をされそうになり、一億円以上の和解金を払わせられる。
その後、1977年にアシックスと社名を変え、鬼塚の名はいったん消えるのだ。
しかし、ヨーロッパのコアのファンの中では忘れられることはなかった。
2002年ヨーロッパでメキシコオリンピックモデルが復刻する。
そして、鬼塚タイガーは俄然注目のブランドになったのだ。
さらに、2003年、クエンティンタランティーノのキルビルで、主人公のユナサーマンがはいていた、黄色いスニーカー。
これが、実は鬼塚タイガー。しかもちょっと特殊な、太極拳専用の鬼塚タイガータイイチという名のシューズ。
このキルビル人気で、鬼塚人気は不動のものとなる。
今では都内で十数点のショップができている。
>>しらなかったわー。かっこいい話しですねー
>>だいたい、アメリカ人ってのはこうやって財をきづいてるんですよねー。ビルゲイツもマックパクッておいて、自分を真似するやつはみんな訴えるんだから、ほんとキライだわー。
逆に言えば、お金もうけたければこの方法が一番ってことですかね。
クリエイトするのなんか前時代的なんですかねー
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